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30年ほど前に私は鍼灸学校の夜間部に通っていました。そして、昼は神田でウエーターとして働いていました。
そこは目が回るほど忙しい店でした。1年もすると左半身がシビレ、膝と腰が痛くて立っているのがつらくて大変でした。
学校の友達に整体やマッサージや鍼をしてもらったのですが一向によくならずつらい日々を送っていました。そんなとき昼はカイロプラクティックの学校に行っている親友が「浦野喬義先生」という名医を紹介してくれました。
その先生のカイロブラクティックの治療を受けるとあれほど辛かった症状がたった一度の治療で嘘のように消えてしまったのです。
私の目指す道は決まりました。
鍼灸学校を卒業すると鍼灸師として都内の病院に勤務しながらPAACという協会が設立したユニバーサル・カイロプラクティック・カレッジの一期生として学校に通いました。
その後、その学校の講師をしておられた「桜田喜治先生」のクリニックにお世話になり、修行を積みました。
やがて独立し、昭和60年に市川で開業しました。しかし、はじめのうちは患者さんが1日で1人か2人というような状態がつづき、現在までの道のりは平坦ではありませんでした。
半ばあきらめにかけていた時、私の人生の師である「白瀧源三郎先生」からこのような言葉をいただきました。
「あんたは今、穴の中に落ちて周りが見えず狭い空しか見えなくなっている状態だよ」と。
この言葉によって私は、自らの心の状態を直視し反省することにより、一心に患者さんに向き合えるようになりました。
やがて患者さんが1人2人と増えていき光が見えてきました。
そして、初めて1日14人の患者さんに来ていただいた日に、嬉しさでこみ上げる涙を拭いもせず、真間から国分に抜ける急な坂道を自転車で駆け上って行き、小学生のように家内に報告したことは今でも忘れられません。
「腕さえ良ければ、患者さんは山の中でも来てくれる」と言っていた恩師の言葉を信じ、一切の妥協をせずに、今までやってきたことに悔いはありません。
私にとって一番の師は、患者さんです。そして、私の言動を厳しく指摘してくれる家内です。
今は、分院も出来スタッフも多くなりましたが、皆元患者さんとして永く付き合い信頼し合っている人たちが私の師に加わっています。
私が現在のように多くの患者さんの健康づくりのお手伝いができるのも、私を信頼し支えてくれた多くの患者さんの好意によるものです。
それは感謝の気持ちをどれだけ積んでも足りるものではありません。
なかでも村上宥快先生、白瀧源三郎先生無くして今の私は無かったと思います。
ほんとうにありがとうございました。
カイロプラクティック 山崎治療室
山崎秀雄
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